「デザイン経営」という言葉を聞いて、「うちには優秀なデザイナーや、デザインの最高責任者(CDO)を採用する予算なんてないよ」と諦めていませんか?
実は、デザイン経営で本当に大切なのは、「お洒落なデザイナーを雇うこと」ではありません。 会社全体で「お客様の体験(UX)」を最優先に考える仕組みを作ることです。
いきなり会社全体を大改革する必要はありません。まずは1つの商品やサービスの「ちょっとした改善」から、予算をかけずに小さくスタート(スモールスタート)することが成功への近道です。
この記事では、会社の規模や予算に合わせて、無理なくデザイン経営を取り入れる具体的なステップを分かりやすく解説します。
デザイン経営とは何か?「CDO採用」は入口でも必須条件でもない
「デザイン経営を始めたいけれど、専門の役員(CDO:チーフ・デザイン・オフィサー)を呼べるほどの規模じゃないし……」という声をよく聞きます。
しかし、これは大きな誤解です。
2018年に国(経済産業省・特許庁)が発表した「デザイン経営宣言」では、実践するための条件として次の2つを挙げています。
・条件①: 経営チームにデザインの責任者がいること
・条件②: 計画の一番最初の段階(最上流)からデザインの視点を入れること
ここで言う「デザイン責任者」とは、お洒落なデザイナーのことではありません。「この商品はお客様目線で作られているか?」「会社の信頼につながっているか?」を厳しくチェックし、ビジネスの仕組みを考えられる人のことです。
つまり、外部からわざわざ新しい役員(CDO)をスカウトしてこなくても、既存の経営企画のメンバーや、プロジェクトのリーダーが「お客様目線の代表」として経営会議に参加すれば、それで立派に条件をクリアできるのです。
なぜ今、UXがデザイン経営の入口になるのか
デザイン経営が目指す「イノベーション」や「ブランド力アップ」という目標は、少し抽象的で「結局、今日から何をすればいいの?」と迷ってしまいがちです。
そこで、最もおすすめの入り口が「UX(ユーザー体験)の改善」です。
UX(ユーザー体験)とは? 画面の見た目や使いやすさだけではありません。お客様がその商品を知り、購入し、使い続けるまでの「すべての体験や感情」のことです。
まずは1つの商品だけで構いません。この「お客様の体験を良くしよう」という視点を取り入れると、社内に次のような良い変化(プロセス変革)が起き始めます。
・営業担当: 単に売り込むだけでなく、「お客様がどこで困っているか」の生声を拾い、企画チームに届けるようになる
・開発担当: 「指示書や仕様書通りに作る」のをやめ、「これを作ることでお客様はどう嬉しくなるのか?」を考えるようになる
・経営層: 「今月の売上」だけでなく、「お客様がどれくらい満足しているか(体験の質)」を数字でチェックするようになる
UXの改善は、デザイン経営という「難しい社内改革」を、現場レベルで小さく実践するための最高の練習台になります。
2つの必須条件を「UX」で読み解く
デザイン経営宣言の「2つの必須条件」を、UXという言葉を使って「中小企業でも今すぐできる形」に翻訳してみましょう。
必須条件①:経営チームへのデザイン責任者の関与
これをUXの視点で言い換えると、「お客様の気持ちを一番よく知っている人が、経営の話し合いに参加すること」です。
・既存のマネージャーや事業責任者が「お客様体験のリーダー」を兼任する
・顧客インタビューの結果や、「解約された本当の理由」を経営会議の定期アジェンダにする
・新しい決定をするときは、社長の勘ではなく「お客様のデータ」を必ず確認する
必須条件②:事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること
これをUXの視点で言い換えると、「商品を作る前の『企画段階』からしっかりお客様に話を聞き、実験してから開発すること」です。
これまでの「ウォーターフォール(一度決めた計画通りに後戻りせず作る手法)」とは異なり、デザイン経営では以下の「ダブルダイヤモンド」と呼ばれる4つのステップを大切にします。
【ダブルダイヤモンドの4ステップ】
1.発見(Discover):お客様へのインタビューや行動観察で「本当の悩み」を見つける
2.定義(Define):「解決すべき本当の問題はこれだ」と言葉にする
3.開発(Develop):試作品(プロトタイプ)を作って、お客様に試してもらう
4.提供(Deliver):実験でバグや不満を直してから、本番の製品をリリースする
このように、「作る前にお客様と対話する仕組み」を上流プロセスに入れること自体が、デザイン経営そのものなのです。
スモールスタートのロードマップ:4つのフェーズ
いきなり全社一斉にやろうとすると、「他部署との調整が面倒」「予算がない」「これまでのやり方を変えたくない」という大反対(壁)にぶつかります。
「1つの部署・1つの商品だけでこっそり始めて、成果を出してから周りを巻き込む」のがスモールスタートの一つの方法です。
以下の表は、その導入ロードマップの全体像です。
| フェーズ | 実施内容の要点 |
| フェーズ0:小さく試せる事業の選定と前提整理 | まずは「変えたい」という熱意のある現場メンバーを数人集め、小さく実験できるWebサイトやサービスを1つ選びます。経営層には「見た目ではなく、お客様の不満をなくす取り組みです」と言葉の定義を合わせておきます。 |
| フェーズ1:顧客理解の仕組みづくり | 「お客様の生の声」を組織で共有する仕組みを作ります。営業が聞いた不満を開発に届けるルートを作り、お客様の満足度(NPSなど)をグラフで見える化します。「レポートを出して終わり」にせず、次の会議の判断材料に使うのがゴールです。 |
| フェーズ2:組織横断チームによるUX改善サイクルの確立 | 「事業責任者」「営業」「開発」から1人ずつ集めた、部署をまたぐ小さなチームを作ります。「完璧に作ってから出す」のではなく、小さく試作品を作ってお客様に試してもらい、直して出すというアジリティ(俊敏さ)のある習慣を育てます。 |
| フェーズ3:成果の可視化と経営への接続 | 出た成果を、「お金の言葉」に翻訳して報告します。「デザインがお洒落になった」ではなく「使いづらい画面を直した結果、解約率が〇%減り、年間売上が〇万円増えました」と伝えることで、次の予算や権限を勝ち取ります。 |
トップダウンとボトムアップ、なぜ両方が必要なのか
デザイン経営の導入が「失敗する会社」と「大成功する会社」の差は、社長(トップ)と現場(ボトム)の連携にあります。どちらか一方では機能しません。
・社長だけが張り切っている場合:「社長がまた新しい横文字を使い始めた」と現場が冷や冷やする。改善するための時間や権限が現場に与えられず、結局いつもの日常業務に埋もれて終わる。
・現場だけが頑張っている:「一部の若いメンバーだけが熱くなっている」状態で孤立する。予算も権限もないため、会社の大きな意思決定を変えられず、頑張ったメンバーが疲れて会社を辞めてしまう。
成功させるために必要なのは、役割分担です。社長が「我が社はお客様体験を第一にする!」と宣言して予算と権限(時間)を現場に与え、現場チームが小さな改善をハイスピードで回して「売上が増えました!」という成果を社長に返す。この両輪が噛み合ったとき、デザイン経営は「一時のプロジェクト」から「会社の文化」へと変わります。
経営陣を納得させる「デザイン経営」の伝え方
「社内でデザインの重要性を訴えても、役員会で響かない……」
そんなときは、内容ではなく「言葉選び」を変えてみましょう。経営陣に提案するときは、お洒落さではなく「得する話(リターン)」と「損を避ける話(リスク)」の2つのモノサシで伝えます。
得する話(投資対効果・ROIの文脈)
「お客様の体験を良くすると、ファンが増えて解約率が下がります。結果として、一人のお客様が一生の間に使ってくれるお金(LTV)が増え、新しいお客様を無理に集める広告費(CAC)を減らせます。これは感性の話ではなく、利益を最大化する戦略です」
損を避ける話(リスク回避の文脈)
「機能やスペックの良さだけで選ばれる時代は終わりました。お客様の体験を無視した使いにくい製品のままだと、数年以内に必ずライバル企業に顧客を奪われます。今やらないと、3年後に手遅れになります」
「デザイン経営を取り入れましょう」というよりも、「お客様の体験を無視し続けると、3年後に会社がどうなるか」を可視化して伝えるほうが、経営陣の意思決定を大きく動かします。
事例:予算をかけず、「小さく」始めたデザイン経営
ここまでお伝えしてきた「スモールスタート」と「作る前に問いを立てる」姿勢が、実際の現場でどう形になるのか。Cloud Creativeが伴走したPETSPOT様の事例をご紹介します。
限られた予算で、来場者の「体験」を作る
PETSPOT様の宿泊施設でのフォトスポット制作は、まさに本記事でいうスモールスタートの実例です。ご相談時、確保できる予算は決して大きくありませんでした。ですが、UX——つまり「その場に来た人(と、連れてこられたペット)が楽しめるか」——を最優先に、私たちは知恵を絞りました。
たとえば、コストのかかる什器は使わず、磁石で代用したり、折り紙で造作を折ったりしながら形にしていく。さらに、大型犬でも小型犬でも楽しめるよう、サイズの違いにも配慮しました。急ぎで舞い込んだカタログ制作でも、「どうにかする。ただしクオリティは落とさない」を合言葉に対応しています。予算の大きさではなく、限られた条件の中で体験の質をどこまで上げられるか——「お金をかけずに、小さく、お客様の体験から始める」を地で行くプロジェクトでした。
デザイン経営の第一歩は、大きな投資でも完璧な体制でもありません。限られた予算の中で「体験」を優先すること、そして手を動かす前に「本当に解決すべき問題は何か」を問い直すこと。PETSPOT様は制約の中の工夫で、「小さく、正しく」始めました。今日の小さな一歩こそが、記事の言う組織変革の出発点になります。
まとめ:デザイン経営の導入は「小さな問いかけ」から始まる
デザイン経営は、CDOの採用でも、ブランドリニューアルでも、デザイン部門の増員でもありません。「自社のプロダクトや事業は、顧客の課題を本当に解決しているか?」この問いを、企画・開発・営業・経営が共通の言語として持ち始めることが、導入を成功させる一番の鍵になります。
デザイン宣言で示されている「最上流からの関与」とは、この問いを事業の出発点に置くことであり、「デザイン責任者の経営参画」とは、この問いに答えられる人が意思決定の場にいることです。
どちらも、まず 1 つのプロダクトで試すことができます。完璧な体制を整えてから動く必要はなく、今日のユーザーインタビューが、組織変革の最初の一歩になります。
まずは1つ、「小さな改善」から始めてみませんか
「デザイン経営に興味はあるけれど、予算も専門人材もない」——そう感じているなら、まずは1つのサービスや接点から小さく始めるのが近道です。
私たちCloud Creativeはいきなり大きなリニューアルを提案することはありません。「どの商品・どの接点から手をつけると効果的か」「作る前に、どんな問いを立てるべきか」を、御社の状況に合わせて一緒に整理します。
- 予算に合わせた「スモールスタート」の設計
- UX改善の入口(どこから直すと効くか)の見極め
- 成果を経営に伝えるための「お金の言葉」への翻訳サポート
まずは現状の課題や「なんとなくの引っかかり」をお気軽にお聞かせください。
【参照サイト】